ジャパンカップレジェンド第7回目は、2014年に引退し、現在はレース解説者や指導者として多方面で活躍する宮澤崇史さん。現役時代はエキップアサダやワールドチームのサクソバンク等で活躍し、ツール・ド・北海道2連覇、全日本選手権優勝などの輝かしい成績を残しています。

「シーズンの締めくくりならではの様々な思い出。あのとき辞めていたら今の自分は無かった」

宮澤 崇史(みやざわ たかし)
日本/2006年ジャパンカップ 7位

2014年に引退し、現在はレース解説者や指導者として、多方面で活躍する宮澤崇史さん2014年に引退し、現在はレース解説者や指導者として、多方面で活躍する宮澤崇史さん photo:Makoto.AYANO
ジャパンカップでの自己最高位フィニッシュは確か2006年の7位ですね。タイ合宿から帰ってそのまま宇都宮入りして、体力的にはボロボロになっていながらも良く走れたのはいい思い出です。あの時、ジャパンカップに対していちばん燃えていたのを良く覚えています。

2013年はUCIプロチームのサクソバンクで走り、チームメイトのマイケル・ロジャースが優勝(※)してくれて、チームとしてすごくうまく機能して走れた。アシストとしてチームの勝利のために働けたのはすごくいい思い出です。

※ロジャースの優勝はドーピング検査の結果、クレンブテロール陽性となりました。その後の検査を経てジャパンカップ来日前に中国滞在中に食した肉が原因によるものと認定されましたが、UCIルールに沿ってジャパンカップ優勝は無効となっています。

2006ジャパンカップで日本人最高位の7位に入った宮澤崇史(日本、チームバン)2006ジャパンカップで日本人最高位の7位に入った宮澤崇史(日本、チームバン) photo:Hideaki TAKAGI2013年ジャパンカップ、マイケル・ロジャースのために前を行く宮澤崇史(日本、サクソ・ティンコフ)2013年ジャパンカップ、マイケル・ロジャースのために前を行く宮澤崇史(日本、サクソ・ティンコフ) photo:Makoto.AYANO

そしてUCIレースとしては最後と決めて、引退レースとして走った2014年のジャパンカップ。思い返してみれば、とくに何年が良かったということでなく、いつも思い出深いレースになっているのは、ジャパンカップがシーズンを締めくくる最後のレースということもあるんでしょうね。自分にとっても本当にいろいろな思い出があります。

今でこそ話せますが、引退レースのずっと前にも「これで最後にしよう」と心に秘めて走ったジャパンカップがあります。その時、2009年はエキップアサダが消滅して、翌年への希望が持てず、「もう自転車選手を辞めよう」と思った年でした。でもなんとか続けることができて、2010年からブレイクできたんです。あそこで辞めなかったからこそ欧州トップチームでも走れた自分が居ます。お陰様でいい時期を持てた。

引退レースとなった2014年ジャパンカップ、観客の声援に応えながらゴールする宮澤崇史(日本、ヴィーニファンティーニ・NIPPO)引退レースとなった2014年ジャパンカップ、観客の声援に応えながらゴールする宮澤崇史(日本、ヴィーニファンティーニ・NIPPO) photo:Makoto.AYANO
ジャパンカップは多くの選手にとってシーズン最後のレースで、欧州プロもすでに身体に疲労を溜めた状態で走りますが、最後の約40分、ラスト2周の展開は、ヨーロッパのレースのスピードを知らない選手には厳しいものです。展開でどうこうできるものではないので、力のある選手しか残れない。欧州プロはどんなときでも自分たちのレースに持ち込むのはさすがです。

25周年記念大会ですから、日本人選手とチームの活躍に期待しています。今年はNIPPOに注目でしょうか。大門GMは例年通りのレース展開を望まないだろうし、何か仕掛けてくるでしょう。クネゴを筆頭に勝ちたいという意欲があるチームで、日本人選手も存在感を出して欲しい。

新城幸也とランプレ・メリダは、当然勝つために走ってくるでしょう。日本チームは展開する力は無いので、最後まで着いていって何かしたい。難しいと思うけれど、健闘して欲しいですね。絶好調で臨めば勝つ可能性はゼロではないはずです。

海外チームは昔はバカンス感覚で来ているフシがあったけど、最近は「勝ちたい」という意欲がより出てきていると感じています。欧州レースで疲れているけれど、エースが勝つレースを仕掛けてくる。レース前は気を抜いているように見えるかもしれないけれど、最後の最後は勝つために走る。展開されるそのダイナミックな流れを見守りたいですね。